チャリティー文化講演 元祖「オーロラ輝子」夢追い人生! (3)
「叶麗子」の笑い
「麗子」さんは、自己紹介を済ませると、通天閣の置物を取り出しました。通天閣の土産売り場で売られている1,300円のものです。かって、月停八方と競演したテレビ番組で
「通天閣の歌姫といわれているんやったら、頭に通天閣を載せたら」
といわれたのを真に受けて、電飾付きの置物を載せるようになったそうです。
昨年は、「阪神タイガース」が優勝したのを記念に、さらに大きな通天閣の置物を頭に載せたそうです。朝日テレビ金曜日の「探偵!ナイトスクープ」で、「麗子」さんの通天閣の置物が取り上げられたそうです。(どなたか、録画していらっしゃれば教えて下さい。)
でも、バッテリー付きのこの電飾は、雷が近い時は非常に危険なものとなります。命をかけて、通天閣を頭に置いて歌っている様子をおかしく話していました。会場からは爆笑が起こり、私も笑ってしまいましたが、「麗子」さんは「歌姫」なのですから、これからは危険なことはできる限り避けてほしいと思いました。
「麗子」さんが、歌の世界に入るきっかけとなったのは、高校時代に近くで催された歌謡大会でのことでした。「誰か出演しませんか?」という司会者に、真っ先に反応したのが「麗子」さんのお友達。彼女は手を挙げてアピールしたのに選ばれたのは「麗子」さんだったそうです。「麗子」さんはその日も、講演と同じように白い服をきて、頭には大きなリボンをしていたそうです。「麗子」さんの方が目立って、指名されたそうです。
歌は、まるでだめだと思っていたのですが、帰りに司会者の方に声をかけられて歌手への道を打診されたそうです。(「麗子」さんの声の高音部には独特の響きがあったそうです。)司会者の方が近づいてきたとき、あまりの歌のまずさに怒られるのではないかと思ったそうです。(ここでも、会場は爆笑にわきました) その司会者が、現在の事務所の社長です。
「麗子」さんは、お笑いで客席をなごませながら、徐々に「講演」のテーマに入っていきました。客席のみんなの目の色がすこし変わってきました。
私が感じた講演のテーマ、それは『こころ』でした。
「叶麗子」涙
麗子さんは、先天性の脱臼で誕生されたそうです。そのことがわかったとき、麗子さんのおばあさんは、お母さんに「あんたが悪いからこんな子が生まれたんや」と言ったそうです。麗子さんのお母さんは、一時、麗子さんを背中に、
「この子と一緒に、電車に飛び込んでしまおうか」
と、レールの前で思ったそうです。誕生から1年3ヶ月、完全ギブスに閉じこめられて、麗子さんの発育は遅れ、ギブスがはずされたときには、本当に小さな足だったそうです。幼稚園の運動会では、赤ちゃんのようによちよち歩きでみんなから離れ、こけながら走っていたそうです。いじめにあうことも頻繁にあったそうです。
会場には、心身に障害を持った方と、その身内の方、またボランティアの方が大勢見えられています。麗子さんは、しんしんと客席に向かって話していました。
すると、とつぜん麗子さんは「母さんの歌」を、ア・カペラで歌い始めました。
かあさんが よなべをして てぶくろあんでくれた ♯
こがらしふいちゃ つめたかろて せっせとあんだだよ ♯
ああ ふるさとの たよりが とどく いろりの においがした ♯
歌は、三番まで続いたと思います。
歌い終わって拍手はなくシーンとしていました。客席は、戸惑っていたのかもしれません。しかし、会場はいよいよ「叶麗子」の世界に引き込まれていきます。
「歌手って、華やかに見えるけど、売れない歌手は本当にみじめなもんなんよ・・・」
歌手デビューしての不遇な時代の話を始めました。
「叶麗子伝説」が今、本人から語られはじめたのです。(言い方がすこしオーバーでしょうか?)
「叶麗子」涙(2)
講演の録音をしていないので、書き込みに不正確な箇所が多くあると思います。
たとえば、前回
(「麗子」さんのおばあさんは、お母さんに「あんたが悪いからこんな子が生まれたんや」と言った)と書きましたが
(「麗子」さんのおばあさんは、お母さんに「あんたの心がけが悪いからこんな子供が生まれたんや」と言った)というのが本当です。やはり、「麗子」さんの本「こころ お母ちゃん、生んでくれてありがとう」を読んで頂くのが一番なのですが、間違うことをしょうちで、講演の印象に残ったことを書きます。
「歌手って、華やかに見えるけど、売れない歌手は本当にみじめなもんなんよ・・・」
若い娘が、弱小のプロダクション事務所に所属して、売り込んでいく苦労というものは、テレビドラマや映画で見ることはあっても、どれほど実感して感じ取ることができるものなのか。いかに、自分の夢を追いかけても、その夢が華やかであればあるほど、現実世界の様々な苦労は身も心も苦しめたと思います。
「麗子」さんは講演でこんなことを話していました。
「怒りは無知、涙は修行、笑いは悟り・・・」
こうした、苦労の中で流した涙は、「麗子」さんの心のなかでは、修行として受け止められているのでしょう。いえ、それだからこそ「麗子」さんの歌は人々の心に語りかけてくれるのだと思います。
CDの売り込みに地方をまわっても、
「そんな下手な歌はやめて、わしの酌をしろ」
一生懸命にお酌をし、何度も懇願しても買ってもらえることがあるかないか・・・
売れなくて、お金が入らなくて、アパートのガスも電気も止められ、大家から
「家賃を払わないのなら出て行って下さい」
と、ドアに張り紙をされたこと。少しのお金でも稼ぎたいから、マネージャにアルバイトをさせてくれと頼んでも、
「演歌のこころをわかるためにはここで苦労せんといかんのや、ここで我慢せんといかんのや」
と言われ、若い娘の心は苦しみに落ちていくばかりだったのでしょう。そんな「麗子」さんを支えてくれたのは、ふるさとのお母さんでした。職人気質のお父さんからは、歌手を目指してやっていくなら3年間は家に帰るなと勘当を言い渡されていたのでした。お父さんに内緒で、お母さんは食べ物や仕送りを続けてくれたそうです。きっとお父さんもそんなお母さんを見て見ぬふりをしていたのではないかと思います。お父さんも心の中では泣いていたのだと思います。
「麗子」さんが歌手になるために家を出たとき、妹さんも大阪で美容師の修業をするために家を出たそうです。ご両親は、幾晩も泣きあかしたそうです。
会場では、目を赤くしている方、ハンケチを眼にあてている方が目立つようになってきました。私もめがしらが熱くなってきました。「麗子」さんのア・カペラ「母さんの歌」が、再び遠くから響いてきたように思えました。
「叶麗子」涙(3)
会場の、あちらこちらから泣き声が聞こえてきます。「麗子」さんの大きな目からは、キラキラ光る涙がこぼれ落ちていました。
貧しさと、売れないことの苦しみに「麗子」さんは自分を歌手の世界に誘ったマネージャーに、何度か
「前の三越の社員に戻して! 歌手なんか辞める」
と叫んだことも、またマネージャーの顔に爪を立てたこともあるそうです。お父さんから言われた、3年間はすでに過ぎていました。夢を失いかけ、困窮に行き場を失った「麗子」さんが求めたのは、やはりお母さんでした。お母さんは「麗子」さんの結婚のために蓄えていたお金をすでに渡していました。
「友紀子(麗子さんの本名)、もう帰っておいで。もうお父さんと約束した3年間はすぎたんや、帰っておいで・・・」
「麗子」さんは、お母さんのその言葉にうなずくしかありませんでした。
「お母ちゃん、帰る・・・。うち、もう帰る・・・」
翌日、お父さんと、お母さんがトラックで迎えに来ました。その時、マネージャーが土下座をして、ご両親に言いました。
「お父さん、お母さん、本当に申し訳ありませんでした。しかし、これではあまりにも『叶麗子』が哀れです。最後の舞台を、歌い手としての最後の舞台を立たせてやりたいのです。新世界の新花月に出させてあげて、そして歌手を終わらせて下さい。」
そして、「叶麗子」は、新世界の「新花月」の舞台で最後の唄を歌うことになりました。